はっさくミカン

まだまだ成長したい思いと、子供たちと過ごす時間の中での気づきを綴っています

『美しい』の効用に期待する暮らし

昨日の朝洗濯物を干していると、家の前の道を、
近所のOさんが犬の散歩をしているのが見えました。

Oさんは、65~75歳の間くらいの女性です。

以前、地区の女性会というものがあり、
私はある年の役員だったため、
その女性会に参加していました。

私の斜め前の席で、
Oさんは食事を食べていました。

Oさんはとても気さくな方なのですが、
途中から自分に対して「汚い」という言葉を使うんです。

「私は食べ方が汚いから」
「私はとにかく汚いから」と。

私はそれを近くで聞いていて、
どうして自分の事をそんな風に言ってしまうんだろうと
とても切なくて寂しくなってしまいました。

 

『美しい言葉』に包まれて

謙遜するとか、相手を立てるとか、
特に日本人にそうゆう風潮が高いと言われます。

あと女性は、話の最後で、
絶対に自分のことを蔑まないと気が済まないと、
何かで見たことがあります。

それでも、私はOさんの発言を聞いていて、
相手に対してはもちろん、自分に対しても、
美しい言葉を使ってあげたいなと思いました。

そうじゃないと「汚い」種類の言葉の毒素で、
自分が汚染されていってしまいそうで。

誇張でも、自分への励ましでもいいから
●かわいいわぁ
●そのままで十分!
●今日も輝いてる!!

そんな言葉を自分にかけながら
年を重ねていきたいなと感じた事を、
昨日の朝Oさんの姿とともに思い出しました。

さぁ、どんな言葉を掛けてあげようかな。

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